久々のバルナックライカIIIaとXenon 5cm f1.5にライカピストル、SCNOOをつけ、モノクロフィルムのILFORD FP4+で蘇我比咩(ひめ)神社へ行ってきた。
日中ならISO100あたりは使いやすい
この日は天気も良く暖かいぐらいだった。
バルナックなら50mmの方が相性いいかなとか。でもライカピストルなら35mmかなとか色々悩んだが、レンズのXenonを久しぶりに使いたく50mmにした。
フィルターはこれでもUV。戦前のライカのフィルターはUVでも黄色い。無論モノクロフィルム用だから。カラーだと変色する。
トリウムレンズもこんな風に黄色くなるぞ。
目次
ランチはカフェ・ル・グレで
ランチは西千葉にある、CAFE LE GREで。ここは混むらしいということで早めに到着。11:30。それでもギリギリ座れた感じ。食後12:30は行列になっていた。
自家製ココナツカボチャカレー。大変美味しかったわ。これは行列できる。
食後のハンドドリップコーヒーも大変美味しかった。素晴らしい。
エスプレッソも本格的で美味しかった。今度はエスプレッソにしよう。ああ、エスプレッソマシーン欲しい・・・。
一台あるといいだろうなぁ。どこに置こうかなぁ。
蘇我比咩(ひめ)神社
蘇我比咩(ひめ)神社へ。
ここは日本武尊が東征の際に房総沖で暴風雨に遭い、妃の弟橘姫がこれは海に女性がきたから、海神が怒っている。それを鎮めるために海に入水したところ暴風雨が止んだ。
この時、弟橘姫につきそって他の5人の女性も身を投げたが、その中の蘇我大臣の娘、蘇我比咩だけはこの地に流れつき、地元民の介護の結果、命を助けられ、都に帰ることができた。
この地の民は日本武尊が帰途に亡くなったことを知り、その霊をここに祀った。応神天皇(日本武尊の孫)はこれを知り大変感激し、蘇我氏一族をこの地に"国造"として派遣し、蘇我氏はここに蘇我比咩(ひめ)神社を建立した。
蘇我の地名がここからくるという話と、浜に打ち上げられたのは弟橘姫で、ここで「我蘇り」と言ったことから、蘇我となった説がある。
すごく大きい神社というわけではないが由緒あるところのようだ。
拝殿を撮っていたら普通に猫が横切ってきた。ここが縄張りのようだ。何度も遭遇した。
境内左に天照八幡宮。
中には額と瓦?
八大龍王社。
秋の気配。
蘇我比咩神社の額。
大三輪神社と大山阿夫利神社。あれ?伊勢崎のか?もしかしたら学生時代に一度行っているかもしれん。懐かしすぎる。ケーブルカーに乗った記憶。
左の狛犬の顔が割れてしまっていた。
手置・・・これはなんだろう?調べたら、手置帆負命(たおきほおいのみこと)と。木工の祖神と。なんだかすごいわ。いっぱい神様いる。
馬頭観音。
え?こんなのあるのと思ってよーく見たら馬の顔が掘られてた。かわいい。
浅間大神。塚みたいだな。富士山信仰?
手水舎と鳥居脇の木。この辺りにも痩せた野良猫がいた。
やー、やー、結構見事な銀杏と木々に囲まれてるな。
見上げると紅葉した銀杏の木。
三峯神社
隣には三峯神社。三峰講ってまだ続いているんだろうか。
こちらは紅葉までもう少し。
なにこの瓢箪みたいな飾り。
あれ!?蜂の巣じゃん!どこかでこういう形の見たことあるな。珍しい。
甘酒どんどん
近くにある、甘酒ドンドンにも寄ってみたんだけれど、これは一体?
やっぱり甘酒が供えられている。一体これは?
龍姫の祠とも言われているらしい。
建立は不明。
ある戦で敗れた、女性と子供を含む一族がこの地に逃げてきた。しかし乳飲み子の咳で追っ手に見つかってしまい、一族は全員殺されてしまった。これを見た里人は祠を建てて祀ったという。
子どもが病気にかかった際に、この祠に甘酒を添えて祈ると治るといわれ、長年子どもの健康を守る神としてあがめられ、親しまれてきました。
【千葉市】地域の皆で守ってきた「甘酒どんどん」 | 千葉県、埼玉県中心の口コミ情報、地域の声がみえるチイコミ!
綺麗に整っていたので今でもしっかりと信仰されているのかと思う。
こういう神様が道すがらにあるのは日本ならではかと。八百万の神。
続いて、近くの市原へ移動した。