ストリートビューで見られなかったところへ

父の実家へ行ってきた。

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8月下旬、台風の影響が残る、早朝に出発した。

片道400kmの距離だ。

父の実家には現在伯父が独りで住んでいるはずだったが、

長い間連絡を取っていなかったので存命かどうかさえもわからない。

また、ナビに住所を入れたのだがピンポイントではでなかったので、

最寄駅を目的地にした。

 

道中土砂降りになってほとんど前が見えなくなるほどだった。

気温も15度まで下がっていた。

Tシャツ一枚だった私は到着したら服を買わなければならないかと考えていた。

 

しかし、長いトンネルを抜けるとがらっと天候は変わり、

強風が吹いていたが日差しが猛烈に暑かった。

気温も30度を超えていた。

 

高速を降りて下道を進むもまったく思い出せなかった。

30分ほど進んだ頃、なんとなく思い出してきた。

この神社に寄ったことがあるかもしれない。

この交差点は見覚えがある。

 

駅前に着く頃になると出発前は微かだった不安な気持ちが急激に強くなってきた。

不思議な感覚だった。

懐かしいと思うのかと思っていたが、まったくそうではなかった。

不安だった。

 

最寄り駅に到着したのは出発して6時間後の10時半だった。

そこからは完全に記憶を頼りに辿っていくことにした。

 

少し進むと父が最後に住んでいたマンションが見えてきた。

やはり不思議な感覚だった。

脳裏を父の姿がよぎる。

何も変わらない記憶と古くなったマンション。

違和感しかなかった。

よく食べに行った、向かいの中華料理屋は綺麗に建て直されていた。

時の流れ。

 

さらに進むとすれ違うのもやっとの細い道になった。

途中間違えないように注意深く四叉路の分岐点を進む。

見覚えのある町名が道標に書いてあった。

 

祖母方の親戚の家があったが建て直されてまったく違う建物になっていた。

残っていたのは見覚えのある、塀。

なるほどだからストリートビューで見てもわからなかったのか。

 

さらに進むと一つ目の目標である神社が見えた。

ストリートビューではここから先に進めなかったのだ。

 

意を決してアクセルを踏み込む。

道がさらに細くなる。

 

まだまだ先かなと思っていたが思いの外早く、菩提寺が見えた。

見間違えたのかとさえ思った。

 

車を菩提寺に止めてお墓を探す。

一度も間違えずに辿り着いた。

 

墓を見ると赤いろうそくが残っていた。

誰かが墓参している気配。

伯父か。

伯父は生きているのだろう。恐らく。

いや、すでに亡くなっていて関係者がお盆に残していったのかもしれない。

わからない。

 

手をあわせる。

何も浮かばなかった。

義務。

そんな感覚だった。

 

墓石を見ると祖父の名前があった。

記憶と間違えていなかった。

しかし、祖母の名前は記憶と違っていた。

 

そのまま近所を回る。

カメラを向けたが撮りにくい。

撮りたいという気持ちがわかない。

報告、記録のために数枚撮る。

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minolta Hi-matic F rokkor 38mm f2.7

 

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そして、一番の懸案事項である、伯父だ。

すでに高齢になっていること、一人暮らしであることを考えると、

気が重かった。

長い間連絡を取っていなかったのでまったく状況がわからない。

 

死んでいるのか、生きているのか。

 

表札を見ると名前があった。

存在している。

 

ドアを叩く。

室内はしんとしている。

玄関前はごうっと強い風だけが吹いている。

強風でガラス戸がガタガタと言っていた。

 

不在か。

 

仕方なしに裏に回ってお勝手に向かった。

すると、塀越しにお隣の男性と目があった。

髪は白く、お年は70半ばだろうか。

軽く会釈をし、自分は誰であるかを伝える。

 

もうしばらく来ていなかったが自分は父の息子でその伯父を訪ねてきた。

 

本当に幼い頃に来たぐらいだが・・・と伝えると、

男性は「ああ。覚えている。」と言う。

しかし、私の記憶からこの男性はすでに消えていた。

 

自転車があるから在宅のはずだと言われた。

その口調は懐かしい訛りだった。

振り返ると自転車があった。

 

すると男性が「あ、来た来た。」と指差す。

その方向を見ると、一人の男性が立っていた。

痩せているが「老人」と呼ぶには早い感じ。

髪は全く薄くなっておらず、髪質は剛毛。

しかし、口元を見ると老人であることがわかった。

入れ歯を入れているためだ。

 

私は間違いなく伯父だと確信した。

 

予想通りの雰囲気になっていた。

父方の祖父は剛毛でかつ白髪も少ない。

伯父も白髪はあるものの少ない方だ。

頭髪も全く薄くなっていない。

父の面影もある。

 

しかし、伯父は「きょとん」とした顔をしている。

 

自分の名前を伝えると、「ああ!思い出したぞ!」と驚いていた。

 

「入りなさい、入りなさい」と促される。

お隣の方に挨拶をし、玄関に向かう。

 

扉を開けると、ああ、ここだ。

この玄関。

懐かしい。

何も変わっていない。

 

部屋に上がって見ると、そこは時間が止まったままのようだった。

幼い頃の記憶と変わりがない。

茶箪笥。

掘りごたつ。

ダイヤル式の電話は変わらず薄緑色だった。

 

奥の部屋にある、仏壇に行き、手を合わせようとしたところ、

遺影があった。

祖母だ。

モノクロ写真に写っていた祖母は着物を着ていて、少しはにかんだような表情だった。

亡くなった時と変わらない。

自分の記憶と違いがほとんどなかった。

 

祖父の写真は見つけられなかったと言うか、気づけなかった。

私に余裕がなかった。

 

伯父は、「いやー、驚いた、驚いた、本当に驚いた」と言いながら、

ささ、と座布団を出してくれた。

 

そして、一通りの話をした。

こちらは父の死後、変わりなくやっていること。

伯父も大した病気もなく元気でやっていると。

ビールも相変わらず好きで飲んでいると。

父もアルコールは弱かったが好きだった。

 

その後、じゃあ、食事でもということで近くのお店で食事をした。

幼い頃の話。

夏休み、川でゲンジボタルを取ったこと。

花火をしたこと。

大晦日に除夜の鐘を突きに連れて行ってもらったこと。

話は尽きなかった。

 

食後、ドライブがてら観光で有名な神社へ行った。

だいぶ前に訪れているはずなのだが全く記憶がなかった。

初めて歩く感覚だった。

 

一通り参拝した後、記念写真を撮った。

モノクロフィルムを詰めた、父の形見のカメラで撮ったので、

自家現像、自家プリントしようと思う。

そして、そのプリントを伯父に送ろう。

 

伯父に父が使っていたカメラだと話したが、そうだったかなぁと言うだけだった。

 

伯父を送るために祖父宅前に着いた。

すると、伯父はスルスルと車を降りて、「じゃあ」と帰ろうとする。

ちょっと待ってと止めて、途中で買っておいた、ビールを数本渡した。

伯父は「いやぁ、ありがとうね。」とにこりと笑う。

そして、裏手のお勝手口へ入っていった。

 

ここで、元気でねとか、また、いつでも遊びにおいでとか、

しんみりした感じになるのかと思いきや、あっさりとしていた。

 

伯父はまたいつでも会えると思ったのか。

それとも、もう死ぬまで会わないかなと思ったのか。

 

わからない。

 

その後、私が幼い頃に遊んだ、神社に行ってみた。

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dp2 Quattro

 

何もかもがそのままだった。

しかし、私の記憶とはズレがある。

 

夏休み、子供達であふれていたあの頃とは全く違い子供が二人、ボールを蹴っていた。

野球ができるようにネットが張られていたが、今は剥がされていた。

 

神社の境内を歩いてみた。

社の下に入ってアリジゴクとか見たり、いろいろな遊びをした記憶が蘇ってきた。

塀にも良く登った。

当時はとても高く感じたものだが、今見ると、こんなに低かったかなと思った。

 

子供の頃の記憶。

年を取っていく過程の記憶。

目をつぶりたくなった。

 

しかし、記憶と言うものが人を人として足らしめているのなら、

記憶があるだけでも人は幸せなのかもしれない。

 

様々な感情が湧き出てくるのを感じる。

それは楽観的なものばかりではない。

悲観的なものも多くある。

 

ここの地区はこのまま廃れて行き、最終的には消滅するのだろう。

それを肌で感じてきた。

 

陽が傾き始めた頃、空は曇り始めていた。

急いで車のシートに滑り込み、エンジンを始動させた。

 

伯父に父の母校を教えてもらったので寄ってみた。

校門の前を通過しただけだったが、まだ存在しており、

ちょうど学生たちが下校する時だった。

父の後輩達。

 

なんとも言えない気持ち。

言葉にするのは嫌だった。

 

「これでさようなら」だと思った。

 

その日に泊まる、ホテルへ向かっていく。

数分も走ると空は一気に雲に覆われて、大雨になってしまった。

 

これからのこと。

伯父が亡くなれば誰も住むものはいない。

無論、更地にしないといけない。

また、菩提寺にある、お墓も私が引き継がねばならない。

現実的なことばかり、考えてしまう。

 

これから、どうしたらいいかと考えると、ハンドルが本当に重く感じた。

 

来ようと思えば来ることができる距離にあるが近い所ではない。

 

車のフロントウィンドウに吹き付ける雨はいくらワイパーを高速にしても、

振り払うことができないほどだった。

 

視界はとても悪かった。

 

それでも進まないといけないのだ。