1955年〜1965年(昭和30~40年)頃のスライドフィルムを手に入れたのでデジタル化して調べてみた

2019年 2月10日 追記 マウントに書かれた英文について判明

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昨年の年始に埼玉の方へ行った時にこれを手に入れた。

自宅用のライトを買った時に、これを発見し、しげしげと光にかざしてみていたら、店主が声をかけてくれて「こういう写真にすごく興味があるんです」と話した。

すると「自分もいいよなーと思って仕入れてきたので、そう言ってくれるとうれしいです」と話してくださり、「ライトも買って頂いたので、よかったら一箱差し上げますよ」と言っていただいた。

何箱か在庫がある中から一箱選んで持ち帰った。

(今思えば全部買ってくればよかった・・・)

買ったライトは1910年代(店主による)のイギリスで使われていた漏斗を逆さまにしてコードを入れ、ライトをつけるように細工されたもので、一点もの。

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ライトは規格の合うLEDに交換した。なかなか良いでしょ?

ちょっとNOKTON 35mmの開放で撮ったので癖ある写真になってしまったのはご愛嬌。

シングルコート好きでしょ? 

19枚のスライドマウント・ポジティブフィルム

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箱の中には19枚のマウントされたリバーサルフィルムが入っていた。

今までリバーサル、ポジフィルムで撮影しお店で現像に出す時、「スリーブですか?マウントですか?」と聞かれたことがないだろうか。(今はマウントをやっていないとも聞いたが)

スリーブは横長の6枚ずつ6本入れたもの。

マウントは36コマすべて専用のスライドマウントに文字通りマウントする。一コマずつ切り取りマウントする。

こういうやつね。 

鑑賞方法は投影機で大きくしてみる方法があった。家族皆でワイワイという感じだろう。

www.spaceflier.com

タケルさん(@TKL )の記事でも紹介されている。

今はデジカメでテレビに映し出すこともできるが、もうスマホで共有になったか。

箱の中身

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「カラー写真愛好者へ贈る」の文字がドーン!

裏側に「バーディキット」と「ピピット」の宣伝と紙が二枚入っていた。

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左はファイルの宣伝。「富士天然色写真株式会社」とある。住所を検索して見たら、ここだった。 

"大阪区東区肥後町4丁目15 富士ビル内"は1989年(平成元年)に東区がなくなって、中央区になっているのでここまでしかわからなかった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/東区_(大阪市)

古い地図があれば特定できそうだが・・・

・今昔マップ on the web http://ktgis.net/kjmapw/index.html

ちょっとわからなかった。

東京都中央区銀座西二丁目五番地・・・なかった。

当該に近い、"銀座インズ"が「中央区銀座西2-2先」という住所がない状態らしい。

銀座にナゾの番外地 秘めた歴史に迫る|フード・レストラン|NIKKEI STYLE

こんな記事が見つかったので参考まで。

さらに調べたら、なんと現在、正式な「銀座西」という住所はないという。

江戸城外堀を埋め立てた東京高速道路 の1・2階部分は商店街となっているが、行政区画が未確定な部分もあり、俗に銀座九丁目・銀座西◎丁目地先などと呼ばれる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/銀座#地理

昭和通りの南東に位置する地域は、かつて木挽町と呼ばれる地域だったが、三十間堀川の埋め立てにより銀座と地続きとなったことから銀座東と改名し、1960年代後半に銀座西と共に銀座に統合された。首都高速都心環状線を挟んだ地域も含めて東銀座駅を最寄りとする一帯は、一般的に東銀座と呼ばれている。

一方、数寄屋橋を中心とする地域はかつて銀座西という町名だったが、地下鉄丸ノ内線西銀座駅(現在の銀座駅)があったことなどから、町名が銀座となった今でも西銀座の名を冠した施設も散在する(例:西銀座デパート・西銀座チャンスセンター・西銀座通り)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/銀座#区域

1968年(昭和43年)10月1日

住居表示実施により、銀座西一丁目と銀座一丁目を統合し、これを改めて銀座一丁目(銀座二丁目〜銀座八丁目も同様)として[7]銀座西が消滅

https://ja.wikipedia.org/wiki/銀座#区域・町名の変遷

つまり、これらのフィルムは1968年(昭和44年)より前のものとなる。

銀座西は今の銀座2丁目あたりか。

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"カラー写真は複製してお友達に!"デュプリケート=デュープのことだった。

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この裏面はプリントとデュープの"註"文書になっていた。

手札(89x114mmで、今のL版、89x127mmよりちょっと小さいサイズ)で800円/枚!

仮にこのフィルムが昭和40年だと平成29年と比べると消費者物価指数は約4.1倍。今の価値で3280円/枚か!一枚3280円のプリントを「お友達」に配れるか!?

昭和40年の1万円を、今のお金に換算するとどの位になりますか? : 日本銀行 Bank of Japan

となると、このフィルム一本あたりいくらだったのか・・・。

1000~2000円ぐらいで買える、今のフィルムなんて安いと思えるな。

これをみると当時はカメラ・フィルムは相当高い趣味、いや、生活道具だったのだなと。

取り込み方法はNIKONのES-1を使った

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これを使ってカラーネガとモノクロのデュープをやっていたのだが、全然安定しなくて、最近は全然使わなくなったが、初めて目的通りの使い方ができた。

NIKONのES-1はマウントされたリバーサルフィルムをデジタルカメラで撮影し、複写してデジタル化するもの。

PK-13と言う接写リングが必要なので注意。

 

α7IIIが売れているみたいだけれど、必要十分。

まだ新品で売ってる。このレンズはめちゃくちゃ良く写るみたいなので、今度F3に付けて撮ってみよう。 

デジタル化してみた 

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いい笑顔だ。いつの時代も子供は宝だな。

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同じご夫婦だと思う。紫色の斑点はカビかと。

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少しアングルを変えている。誰が撮影したのか?

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まなざし。ご主人が撮ったのだろうか。左側のフィルムの写り込みはなんだろうか?

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若干違うカット。

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さらに一枚。

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これらは同じ日の撮影かと。

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あれ?少しお子さんが大きくなってる?

姑さんとだろうか。これもご主人が撮影?するとご夫婦の撮影はこの姑さん?奥さんの目線がカメラ目線になっていないところからすると複数での撮影?

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上の姑さんと思しき方と同じ服を着ているので同じ時に撮られたものか。

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飼っていた犬だろうか。犬種がわからない。ここにもフィルムが写り込んでいる。

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ここでちょっと誰かわからない方が出てきた。奥さんと思しき方ともちょっと違う雰囲気の女性だが?少し年上?奥さんのお姉さん?それとも旦那さんのお姉さん?

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これも上に出てきたどちらかの姑さんらしき方とも違う雰囲気の方に思える。ご主人のお母さんか、奥さんのお母さんか。お子さんは同じ方に思えるが・・・。

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この写真はひな祭りか。しかし失敗写真になっている。誤ってシャッターを切ってしまったのか?

ん?フラッシュを使っている?それとも強い光源がある?影が強く出ている。

お子さんの着物を着ている。そして笑顔がとてもいい。上の女性が右の女性か?違うか、最初の姑さんと呼んだ方か?

お子さんがかなり年をとった感じ。10歳ぐらいか?すると、最初の写真から10年経った?

これら写真の順番だが適当に選んだ。本当の順番を知るには全てのマウントを外さないとわからないだろう。それをするにはまだ憚れる思いがした。

観光写真も入っていた

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19枚中、家族写真だったのは12枚。犬が1枚。そして突然、このような観光写真が出てきた。どこか?答えはマウントに書いてあった。

いきなり色味が変わってびっくりした。

一番左の男性は上の写真の旦那さんだろう。右から二番目の欧米人女性はこれからずっと写っている。

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上の写真のマウントに"visit of Kanazawa Park"という手書きのメモがあった。つまり兼六園だろう。

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これが欧米人女性。やはり兼六園なのだろうか。左に「雁行橋」と書いてある。これはかなりのヒントだ。

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やはりマウントに "Visit of Kanazawa"の文字があった。フィルムが"裏表反対"にマウントされていた。自分でマウントしたのか?それとも当時のお店のミスか?

これらマウントは、フィルムの乳剤面がこの"FUJICOLOR"の面に出ているもの、逆のものが混在している。特に欧米人が写ったものは統一性がなかった。

日本人が写ったものはきっちり糊付けされているものが多く、開いていたのは唯一一枚だった。かつ、乳剤面は"FUJICOLOR"面に統一されていた。

そして"橋"があった。

http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kenrokuen/point_win/18/

"雁行橋"で「かりがねばし」、「がんこうばし」と読む。

間違いない、金沢旅行、兼六園に行った時の写真だ。実は私も20年ほど前に兼六園へ行ったことがあるんだが「橋」の記憶がない・・・。

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これも同じ旅行で撮った、寺社仏閣だろうか。記念写真というより、風景、スナップに近い。きちんと構図が作られている。

人が集まっている集団の右側に大柄な女性が写っているが、これは上の写真の女性のようだ。

果たして誰が撮ったのか?

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これには"Matsuyama's youth and(?) plaining history of old shrine"とある。松山の若い子たちと簡素な古い神社"ということか?plaining?plaining history?・・・?

plaining="清澄"って出てきたが・・・果て?訳せない・・・

2019年 2月10日 追記

コメントおよびフォロワーさんからの情報で"ex-planing"ということがわかりました。

"Matsuyama's youth ex-plaining history of old shrine."

松山の若い子達が古い神社の説明しているということだった!

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紅葉だ。これもどこかは不明。

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これには"autumnal scene"とある。uの上の~はなんだ?英語だよな?中学校の英語では習わなかったぞ。多分上下を表している?nじゃなくてuだぞ!って。

欧米人家族の写真も出てきた

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そして欧米人家族写真も出てきた。一番手前の女性が先ほどのメガネをかけていた女性か?わからない・・・

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ここには"at Teijin's bath room"とある。Teijin・・・(後にわかったのだが、これも裏表反対に差し込まれていた)

いったいどこか?

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「帝人海の家」?帝「大」と言うことはないか。撮影者が交代している。上の大柄な旦那さんが撮影したのだろうか。

日本だった。なぜ欧米人家族が?帝人って、あのテイジンだよね?

帝人株式会社 TEIJIN

ここで会社の歴史を見てみた。

帝人 | 企業情報 | レーヨンから合成繊維メーカへ(1918年~1960年代)

なんと1918年創業。CMの雰囲気からすると最近の企業かと思っていた。

1957年(昭和32年)1月に、

帝人、東レ株式会社、英国ICI社のポリエステル繊維およびフィルムなど、製造技術導入許可を取得 

帝人 | 企業情報 | レーヨンから合成繊維メーカへ(1918年~1960年代)より引用

これか!イギリルの企業から技術を導入していた頃があるのか。それでイギリス人が写り込んでいる?

しかし、1962年(昭和37年)7月にも、

米国アライドケミカル社のナイロン6製造技術導入許可を取得

帝人 | 企業情報 | レーヨンから合成繊維メーカへ(1918年~1960年代)より引用

とある。

するとアメリカ人という可能性もあるか。

写真に最初から写っていた、このメガネをかけたご主人は帝人(TEIJIN)に勤めていた方?

アメリカと技術提携した時1962年以降という説が濃厚?

"帝人海の家"はどこか?

さて、ここがどこかだけれど、「帝人海の家」について検索するも出てくるわけもなく。海の家なのに海が見えないので特定しづらい。

一枚目の背景には山と工場らしきものが写っている。二枚目は山のみ。同じ場所か?海が近くにある、帝人の工場?

愛媛の松山事業所か?

帝人 | 企業情報 | 松山事業所 地図

山口の岩国事業所か?

帝人 | 企業情報 | 岩国事業所 地図

広島の三原事業所か?

https://goo.gl/maps/w9v92NADa5p

この三つが今でも稼働している海のそばの工場のようだ。

帝人 | 企業情報 | 岩国開発センター

特に岩国には開発センターがあるので当時から残っていれば、可能性が高い?

あ!Matsuyama!松山の写真があったな!すると松山事業所か?

松山だとしたら、愛媛にある程度の期間日本に滞在して、松山の神社を見て、足を伸ばして、海外から来た方々を連れて名勝、兼六園へ行った?

誰が撮影したのか?

ではこの一連の写真は誰が撮影したのか?

・最初の家族写真はだれが?

・欧米人女性が写っている、兼六園の写真はだれが?

・最後の欧米人家族が海で写っている写真はだれが?

最初の家族写真は、お姑さんなどが撮ったのかと思った。

欧米人女性が写っている兼六園などの写真はご主人が撮ったのかと思った。

欧米人家族を撮っているのはご主人が撮ったのかと思った。

が、

どうも、スライドマウントに書かれた英語を見ると、もしかしたら"欧米人女性の旦那さん"が撮ったのでは?と考え始めた。(もちろん日本人の旦那さんが描いた可能性も捨てきれないが)

最後の欧米人家族の集合写真は二枚あって、一枚ずつ、撮影者と被写体が交代しているので、欧米人女性の旦那さんがこの一連の写真を撮ったのではないかと考えている。

しかし、このスライドを日本に置いていってしまったのが、ちょっとわからない。

写っている日本人家族へのプレゼントだったのか?見終えて、忘れて置いて行ってしまったのか?

使われたフィルムは?

流石にカメラとレンズの特定は無理だが、(35mmのカメラとレンズということだけしかわからない)フィルムはこのマウントを剥がせばわかる。

しかし、ここまで保存というか、残されたものを破壊するのは忍びなく、どうしたものかと思っていた。

すると、少しだけ剥がれてしまっているスライドが3枚あった。その隙間からフィルムを出してみた。

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剥がれてしまったのをパーマセルテープで止めていたようだ。取り出してみた。

左上に"UT"の文字が読めるが、FUJIなどの文字は見られない。

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もう一枚。開けてみるとやっぱり逆さまだった。

しかし、文字があった!FUJIが出てくるのかと思いきや、なんと"AGFACOLOR"だった!AGFAか!KODAKでもなかった!

さらにコマの数字からすると、この2枚は22A〜26まで繋がっていると考えるのが自然だろう。つまり上のと繋げるとUTとAGFACOLORとなるのか。

一連の欧米人のフィルムはAGFAと見て良いだろう。なんといっても発色が全然違う。渋い。欧米人には景色がこういう風に見えているのだろうか。

もう一枚は日本人のご夫婦のものだった。

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FUJICOLOR!同じマウント用紙にAGFAとFUJIが混在していた!

FUJIの方が発色がはっきりしている。AGFAとは真反対。

マウントは同じFUJIでフィルムが別。欧米人家族が持ち込んだAGFAのフィルムと日本人家族が使っていた、FUJIフィルムなのか、欧米人家族が日本で買ったFUJIフィルムなのか。

謎は深まるばかり。

日本人が富士のリバーサルフィルムを使うのは自然なのだが、35mmで富士のリバーサルフィルムが出たのは1949年(昭和24年)の外型反転方式カラーフィルム、"富士カラーリバーサルフィルム"でISO感度は10。20枚撮り。室内でISO10は厳しいものがある・・・。

その後は最初の画像にある、富士天然色株式会社の「富士天然色写真現像所」が1958年(昭和33年)に調布にできている。

富士フイルムのあゆみ カラー写真感光材料国産化の実現

外型反転フィルムと呼ばれるリバーサルフィルム(現在のリバーサルフィルムは内式)だったようで、同様のフィルムはコダクローム64を最後に販売されていない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/リバーサルフィルム#内式と外式

次の富士フイルムのリバーサルフィルムは1961年(昭和36年)7月に内型方式の“フジカラーR100”を発売する。これでISO100のリバーサルフィルムを達成する。

富士フイルムのあゆみ プロ用カラー市場への進出

次のリバーサルフィルムを富士フイルムが販売するのは1978年(昭和53年)のフジクローム100プロフェッショナル タイプDまで待たないとならない。

先の日本人家族の写真が1978年(昭和53年)以降のものとはちょっと考えにくい。

するとやはり「ISO10の"富士カラーリバーサルフィルム"20枚撮り」か「1961年(昭和36年)7月発売の内型方式の“フジカラーR100”20枚撮り」と考えるのが妥当かと。他の製品があったら、是非教えて欲しい。

これはISO100の"フジカラーR100"が妥当か。1961年(昭和36年)発売とも撮影された写真の年代とも合致すると思う。

AGFAのリバーサルフィルムも内式のものなら現像が可能だったのではないだろうか?

AGFAのフィルムは何か?"UT AGFACOLOR"だと・・・

画像検索agfacolor UT

と、ISO16~18などがバンバン出てくる・・・。当時のオリジナルブランドとしてのAGFAだとしたらドイツということになるが・・・。え?まさかのドイツ人?

あー!AGFA倒産してしまったから、もう調べるのが大変!だれかー!ISO100あたりのAGFAのリバーサルフィルムの情報求む!1950〜1960年代に発売されていたもので!

帝人に問い合わせてみた

考えていてもわからないので、帝人にメールで問い合わせてみた。

内容は古い写真を手に入れたが、「帝人 海の家」というものが写っていた。分かるとしたら、どこにあったものなのか教えてほしい旨を書いた。

するとすぐに返事が来た。

おそらく瀬戸内の各事業所(岩国・三原・松山)などに従業員福利厚生事業の一環で、夏の海水浴時期限定でつくったもの 

 というお返事だった。

しかしながらどこのものということはまではわからないので、しばらく時間をほしいと。さらに画像があれば送ってほしい旨が書いてあった。

まさか、こんな丁寧な返事が来るとはおもわず、さすが一流企業だな!と。

早速画像を添付して、改めてメールを送ったのが1月中旬。残念ながら、その後のお返事は止まっている。

しかし、松山にもあったということがわかっただけでも、大変ありがたい情報だった。

今回含まれていたスライドの中に「松山」の神社の写真があったので、十中八九、松山ではないかと、今は思う。

また、改めて返答が来たら、その都度追記していきたいと思う。

写真には物語あり

今回のスライドを見て、改めて写真のすごさを感じた。前回の写真湿板もそうだけれど、写真として残っていて、100年後、50年後、30年後経っても見ることができれば、ここまで想像が膨らみ、物語を感じることができた。

色々な発見もあった。色々なことを知ることもできた。

最初の日本人家族のお子さんは今頃どうしているのだろうか。

欧米人家族のお子さんは今頃どうしているのだろうか。

あれから1960年だとしても60年ほど経っている。1歳なら61歳。10歳なら70歳ということになる。

自分の家族で親、祖父母が60歳、70歳前後だとしたら、この様な写真が残っているかもしれない。

改めて実家や祖父母宅を探してみるのもいいのではないだろうか。

最初はさらっと書くつもりだったが、調べれば調べるほど色々とてできて、なかなか抑えることができなかった。

その結果、私の好奇心は大変満たされて、とても満足している。

データにしろ、フィルムにしろ、なんとか削除や捨てることなく、保存しておいて欲しい。10年後にみるだけでも本当に懐かしい思いをする。

写真って面白いよ。

派手すぎない色味。

フジのリバーサルとどう違うのか気になる。今度120フィルムも出るかも?

SDカードに保存は危険よ。

クラウドと外付けハードディスクは必須かな。デジタルは一瞬でなくなるから怖いけれど、2重、3重とバックアップすればいいかな。

しかし、HDDが増える一方だ・・・。しかもある程度で買い換えていかないと。

フィルムならカビが生えて劣化してもある程度見えるけれど、データは消えるか見えるかの二択になってしまう。画像の「劣化」もあるのかな。それはそれで面白そう

aremo-koremo.hatenablog.com