グーグルストリートビューで見られないところ

 

富士山もストリートビューを使えばパソコン上でも見られる時代になったが、

見られないところがあった。

 

 お盆の頃、夜寝る前にふと父方の祖父母のことを思い出した。

が、名前が浮かばない・・・。

 

唖然として目が覚めてしまった。

 

母方の祖父母の名前は浮かぶ。

父が亡くなってからだいぶ経ち、さらにその前に祖父母は亡くなっていたので、

なかなか思い出せないのかもしれないが、それでも愕然とした。

 

祖父は・・・。

祖母は・・・。

思いつく限りあげてみたが、なんだか違う気がする。

 

すっと起き上がってパソコンを立ち上げる。

グールグルストリートビューで祖父母宅=父の実家を見てみようと思った。

何か思い出すかもしれない。

いい時代になったものだと思いながら、

住所がわからないのでとりあえず市区町村名で検索してみた。

 

・・・。

 

無い。

 

トップにwikiがヒットした。

普通、市区町村HPがトップにくるはずなのに。

 

wikiをクリックし読んでみると、なんと2005年に消滅していた。

平成の大合併というやつだ。

これでは全くわからないので最寄駅を検索してみた。

まだあった。

ストリートビューで見てみる。

 

そこには記憶とは全くと言っていいほど違う駅舎があった。

かなり綺麗になっていたのだ。

駅前もこんなに綺麗ではなかったのに。

 

そこから振り返って車で30分ぐらいだったと思う。

ストリートビューで歩いてみよう。

アーケード街の前を歩く。

そこはうっすら暗くなっていてシャッター街になっていた。

寂静感が画像からも伝わってくる。

 

道の真ん中にある融雪用の水が出る所が懐かしい。

冬に訪れた時はそこから水が常時出ていて不思議だった。

チョロチョロとずっと流れていたのをタクシーから眺めていたのを思い出す。

 

さらに進める。

と、見覚えのあるマンションがあった。

駅前で唯一のマンションで父が最後に住んでいたところだ。

それほど変化は感じられなかったが、手すりが増えているように感じた。

父の実家はここからさらに20分ほど先。

 

さらに進める。

目印の川とその橋。

幼い頃、夏休みに行くと台風の影響で、

よく溢れかけていたのを見たが綺麗に護岸工事がされていた。

 

そして、狭い道へと入る分岐点となる四叉路の一番細い道に入る。

ここだけは記憶がある。

父が亡くなった時、なんども親族への挨拶のために通ったから。

 

さらに矢印をクリックする。

すっ、すっ、とモニターの中で私は道を進む。

懐かしい感覚、幼い頃、夏休みに訪れたあの暑さが感じられるようだった。

 

進めど進めど、目印にしている寺が出てこない。こんなに遠かったか。

 

もっと狭い道だったと思ったが意外に広い。

 

ん?この塀、わかる。祖母方の親戚のお家だ。

この親戚のお家はとても大きく、

夏休みに行くといつも美味しいお菓子を出してくれた。

そのお菓子はいわゆる、お茶請けのような品のあるお菓子だったのをよく覚えている。

幼いながらにもお金持ちだなぁと思っていた。

当時、エアコンは付いていなかったと思う。

窓を全開にして、外からはセミの鳴き声が聞こえ、室内では扇風機が静かに回っていた。

その扇風機さえ、高級品に見えた。

 

そんなことを思い出しながらさらに進める。

 

こんなに遠かったか?・・・と思いながらすっすっと進める。

さらに道は狭くなる。

 

さらに先に進む。

このころから少し記憶と画像に差が出てきて、曖昧になってきた。

油井があったはずだ。それを思い出した。

さらに先に住んで行くと分かるかもしれない。

しかし、進めてもその道の右側にあるはずの油井がない。

 

もう一度戻る。

 

やはりない。

 

もう一度進める。

ここだ。やっぱり無くなっている。

綺麗に埋められていて整地されていた。

クレーンのようなものが常にギッコンギッコンと動いていた、天然堀の油井だったが、

その周りは丸く鉄で蓋がされていた。

 

もう少しで着くはずだ。

進めて行くと右手に鳥居が現われた、これはわかる。

少し遠かったがよく遊びに来ていた。懐かしい。

その向かいには祖母の家から唯一アイスを買うことができる酒店があったはずだ。

自転車に乗って20分ぐらいだったか。

あった。

シャッターが降りていた。もう閉店したのか。

 

こんなものまで自宅で見られるのかと感心した。

 

この鳥居からはもう直ぐだと思う。

進めるためにクリックする。

反応がない。

もう一度クリックする。

進めない。

 

なんと、ここでストリートビューが終わっていた。

 

私はしばらくモニターの前でぼうっとしてしまった。

見られなくてよかったのか、見られなくて残念だったのかという思いを反芻させていた。

 

夜中に一人で固まってしまい、ストリートビューをぼうっと見ている。

外では暑さのためかまだセミが鳴いている。

 

祖母の家で夕方、軒先で寝ながらヒグラシの鳴き声を聞いた記憶。

井戸にスイカを入れて冷やしていてくれた祖父。

 

裏庭にできた、イチジクが怖くて食べられなかった記憶。

 

夕方、暑くなると、室内では祖母は上半身裸で歩いていて、

幼い私はあんなに垂れた乳を見るのが初めてで恐れおののいた記憶。

衝撃だった。

 

初めての汲み取り便所で怖くてトイレに行けなかったために便秘になり、

祖父がイチジク浣腸を買ってきてくれた。

その道程で自転車で転んで血だらけで帰ってきた祖父の姿。

 

日本刀が三振りほどあった。

一本は太刀で体が小さかったころの私には腰に差すと抜けなかった。

その太刀はとても重かった。

 

近所のお寺の境内で毎年夏になると野球をしたこと。

地元の子たちに「今年も待ってたぜー」と言われたこと。

 

夜、近くの小川に蛍を見に行ったこと。

真っ暗闇の中で蛍が乱舞していた。

蛍光色の光。

 

寝る時には蚊帳のなかにいかに早く入れるかを叔父さんと競争した記憶。

 

祖父の葬儀。

祖母の葬儀。

父の葬儀。

 

いろいろな記憶がまざまざと私の眼の前に広がってきて、胸が苦しくなった。

 

静かにパソコンを閉じる。

 

自分の眼で確かめよう。

 

私を生まれてからずっと撮ってくれたカメラで父の実家を撮ってこよう。

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