私はモノクロフィルムが好きで自分で現像している。
慣れてしまえば簡単である。
しかしフィルム現像、それは時として過酷な作業になる。
以下、その回顧録である。
その日は梅雨時の空模様だったが蒸し暑い夜だった。
それでも現像フィルムを溜め込むのは良くないと考えて現像をすることにした。
風呂上がりで暑かったので、いつも常備してある炭酸水を冷蔵庫から出し、
シュ!と開けてゴクゴクゴクゴクと流し込む。
冷えていてうまい。いつも指名買いである。
この喉越しを味わっている時にだれが後の悲劇を予想しただろうか。
悲劇が起きたのは先日の大谷資料館で撮った、プレスト400を現像している時だった。
普段、現像しているので音楽を聴きながら、鼻歌交じりで現像液などを用意した。
フィルムをリールにも巻き終えた。
10年近く自分で現像しているのだ。今更、手順を間違えるわけがない。
現像液、停止液、定着液など、各液をカップに用意し、現像液をタンクに流し込んだ。
アー!
ヘドバンしながらタンクを振っていた。
エンジェルオブデース!
フリフリフリ、トントントン!
(現像タンクを振り、空気を抜く)
異変が起きたのはこの曲に変わった頃。
前奏のギターリフが小さく鳴り響いてきたのを感じた。
そのリフは私の下腹部にも響いてきた。かっこいいリフだ・・・。
あーあーあーあ。
サンダー!ドンドン。あーあーあー。サンダー!ドンドン。
オナカイタイ
あーあーあー。サンダー!ドンドン。
ヤッパリイタイ。
タイマーを見る。
残り、7分48秒。
「負ける」
そう直感した。
普段、プレスト400はT-MAX液1:4、20度で6分であるが、今回に限って増感していた・・・ISO1600である。
倍近い10分だ。
横に置いてある、炭酸のペットボトルを恨めしく見る。
炭酸が泡立っている。
私は鳥肌立っている。
私の頭の中は「絶望」の二文字に支配された。
あーあーあー、サンダー!ドンドン!
フリフリフリ、トントントンと空気を抜く。
気を抜くと、ブリブリブリ、ドンドンドンと出そう。
残り6分。これはダメかも・・・。
漏らしながら現像するしかないかも。
そ、そうだ、「屁」で少しでも引き延ばそう。
キッチンに立つ私は少し腰を引く。
現像タンクを持ったまま。
それ!
門を爽やかに抜けていく・・・はずだった・・・。
い、いかん!更に近づいてきた。
爽やかに透(ス)かして、少しでも時間を稼ぐ予定だったのに!
メリメリと門が破られそうになってきた!
(肛)門兵が総動員となった。
一億総玉砕令発令。欲しがりません勝つまでは!
門がゲリラに襲われている!
55秒ごとに一度、現像タンクをフリフリフリ、トントントン。
スピーカーからは無慈悲にサンダー!
ぐはっ!
今まで生きていて55秒がこれほど長く感じたことはない。
下っ腹が別の生き物のようだ。
残り4分。
手が震え始める。
フリフリフリ、トントントン。
サンダー!
あーあーあーあー、サンダー!
サンダーストラック!
消してくれ!
一歩も動けない。
「敗北」
否、それは敗北ではない。
現像を失敗するぐらいだったら、漏らしてもいい。
自家現像する人なら現像を選ぶだろう?
漏らすのと現像ミスどっちがいい?
漏らすのを選ぶに決まっているじゃないか!
なぁ!みんな!
もう一度・・・もう一度だけ・・・屁を試みるか、否か。
出るか出ないかそれが問題だ。
To be or not to be.
為すべきか為さざるべきか。
その時、曲は変わった。
降りはじめた雪は足跡を消して♪
下痢始めた腹はやる気を消して♪
消えかかる、私の撮った写真。
真っ白な世界にひとりの私♪
まっ茶色な世界にひとりの私♪
汚い。
誰にも打ち明ずに悩んでいた。それももうやめよう♪
やめるの?
あり〜のままの〜じぶんになるの〜♪
いいの?
ダメ!絶対!出る!
今、屁をしたら今回は負ける。
否、敗北ではない!しかし!
私は苦し紛れに苦悶の表情で吠える!
レリゴー!
Let it go【動詞】1あきらめる、手を離す
ほら見ろ!諦めるという意味じゃねーか。
「ありのまま」でなんて言ってないじゃないか!
"Let it go"は「自分の意志で気にしない」と決めたのだ。
アレモ調べ。
あっているんだろうか。
下っ腹がサンダー!サンダーストラック!と叫んでいる。
うるさい!
レリゴー、レリゴーうるさいわ!
私は諦めないわ!
55秒待っている時、身体が震えてくる。
ガタガタガタ。カクカクカクと膝が震えてくる。
門兵よ!保つか!?
主(あるじ)よ!もう、限界でござる!
残りのゲリラは!?
90人(秒)でござる!
ダメだ!
脳幹が出せと言っておる!
門兵は叫ぶ!まだです!主よ!
理性が飛ぶ。(白目)
脳幹が弛緩。
ベルトを緩める!
電光石火の速さでジーパンを降ろす!パンツも脱ぐ!
ついにアレモはTシャツだけを残し、下半身裸になった!
この時より早く、服を脱いだことがあっただろうか、いや、ない。
♡♡♡の時より速い!
おい!俺のマグナム豆鉄砲が縮んでおるぞ!
門兵!まだか!
残り45人(秒)でござる!
ジオンの栄光、この俺のプライド、 やらせはせん、やらせはせん、やらせはせんぞー
っ!
by ドズル・ザビ中将
私は現像タンクと停止液の入ったカップを素早く手に取る!
下半身裸だったため、思いの外、素早く動けた。
素早く、そしてこぼさないように慎重に!
便所の扉をがーん!
便器に尻をどーん!
現像タンクを振りながら私は叫んだ!
ゲリゴー!
フリフリフリ、ブリブリブリ、トントントン、ドンドンドン。
後頭部から背中、そして全身にかけて力が抜ける。
ピピピピピピピピピピピピピピーーーーーー。
我が家のキッチンタイマーが遠くで鳴っている。
ゲリテックではない
この時ほどタイマーを愛おしく思ったことはなかった。愛している。
終わった・・・。戦いは終わった。
門兵!よく戦った!無駄死にではないぞ!
主よ・・・ガクリ・・・ドサッ。
いや!まだだ!
て、停止液を入れるまで!
タンクの蓋を開ける。
選択の余地はなかった。
ごめん、地球!
じゃーと股の間から現像液をトイレに流し込む。
茶色の水へ流し込む。
薬品が私のマグナム(≒豆鉄砲)に当たらないように注意深く流し込む。
当たったら夜間救急だぞ。
変なガスでも発生したら困るので、すぐに流す。
そして、床に置いてある、停止液を流し込む!
再び蓋をする!
タンクをフル!フルチンでフル!
・・・勝った!
適当な時間で止める。
停止させてしまえばこっちのもの。
あとは定着したいだけ定着させればいい。
・・・。
なんだろう、この充足感と安心感。
現像前は全然平気だったのに。
次こそは負けそう・・・。
トイレから出てきて、現像タンクを右手に持った私に、
スピーカーからあのフレーズが聞こえてきた。
少しも痛くないわ
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